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やってます。
何かやってた方がいいなと思って埋め草的に始めましたが、ちゃんとやりました。 心を込めて。 毎週土日やってます。 もし近くに来たら、お気軽にどうぞ。
昨日、山猫ミュージカル「魁!!山猫座」無事終了いたしました。
ご来場頂いた皆様、本当にありがとうございました。 後で思い出した限りですが、20人以上の方が来て下さいました。 まさかこんなに沢山のお客様に来ていただけるとは、本当にびっくりしました。 そして残念ながら見にこられなかった皆さま、 何と来年春に第二回公演を予定しております。 お楽しみに!! そして、この公演のために尽力してくれた愛する友人たち。 本当にどうもありがとう。 何から書けばいいんでしょうかね、 本当にすごく良くて、全てが素晴らしかった。 ビックママたみちゃん、 最近タミちゃんがかわいくてしょうがない、 こないだキワマリ荘でおれが絵を描いていたら タミちゃんがやって来て 「あらゴトさん、お絵かきしてたの~」 と言われた時の何かモコモコした気持ちは筆舌に尽くしがたい。 いや当日の演技もすごくよかったよ、タミちゃんの存在がとにかく和む。 迷えるプッシタマちゃん、 練習時間が全然ないのに タマちゃんパートのボリュームが膨らんで 一番心配していたが、本番の爆発力半端なかった。 迫真の演技。素晴らしかった、昨日のMVPはタマちゃんに決定。 パーフェクトクレイジーかっちゃん 劇パートがあまりに短いとダメ出ししたおれを見る目が、 ダメ出しする度にギラギラと輝いてくる様が、とにかく頼もしかった。 脚本、監督、みんなを引っ張る小さいヤンキー総長、さすがリーダーや。 ブルースを感じた。 山猫シスターズみえちゃん 普段はちょっと意地悪なみえこだけど、いやウソだけど、 仕事とか忙しいのに全力で演ってくれて、 女優としてのポテンシャル、瞬発力、ほんとうに素晴らしい。 トイレのドアに「愛の賛歌」の歌詞が貼ってあって泣いた。 甘い恋人みーちゃん VTRさんも涙したみーちゃんの踊り、 あの儚さ、いったいなんだろうねえ。 みーちゃんと生活を共にすることで、 いつでも死ぬことをちょっとだけ意識するようになったよ。 つまり生きてて楽しい。ありがとう。 人生は美しい、人生は美しい。 何か大げさかも知れないけどね、 ほんとそんな感じでした。 アレをし忘れた、こうすれば良かった、 なんていう後悔は、やりきった結果がもし最高だと思うなら、 全部蛇足に過ぎない、そして昨日は最高に楽しかった。 だからそんな後悔がもしあるなら、そんなもんいらねぇ。 できるかできないか、じゃなく、やるかやらないか、だからね。 ただし、「ゆるい」のと「ぬるい」のは違う。 昨日のパフォーマンスはゆるかったけど、ぬるくはなかった。 「ぬるい」のは単なる打算、「ゆるい」のは綱渡りの緊張感、みたいなもの。 それが「関係ねぇ、やっちめぇ!!」の精神だとぼくは考えています。 協力してくれた皆さん、来てくれた皆さん、 本当にどうもありがとうございました。 そして、このブログとか見て、ちょっとだけ行ってみたかったなーと 思ってくれた方がもしいたなら、それだけでありがとうと言いたい。 そしてまた次回があったら、その時は是非。 写真はまた後であげます。
展示「象牙の塔のお勝手口」
2009年11月14日から2010年1月10日まで 水戸のキワマリ荘内「SPAM」 13:00~18:00 「象牙の塔のお勝手口」 夢を見た。 天井の低いぼろい台所のようなところ、 流しのようなところに何者かが伏せた状態で居て、 後ろから、大きな、異常に筋肉が発達した、 横に異常に引き伸ばした顔をした 俳優のクリストファー・ウォーケンが 流しに伏している何者か、に 尋常じゃないスピードで巨大な男根を出し入れしていて、 部屋全体がものすごい爆音を巨大なスピーカで流した時のように 激しく振動していた。 そんな夢だった。 だが、その異常な人物が異常に横長だったことや、 男根の出し入れで部屋がものすごい振動をしていたことなど、 解りやすい異常性は正直どうでもいい。 気になるのは、その人物が、おれが夢を見ている時すでに 「クリストファー・ウォーケンだった」のか 夢から覚めた後、 あれは「クリストファー・ウォーケンだった」と思ったのか、 定かではない、ということだ。 おれは自称神秘主義者で、そういうことにしか実際興味が無い。 シュタイナーに言わせればこれは霊界参入への道ではなく、 ただの空想、幻想なのかもしれないが、 おれはそうではないと信じている。 象牙の塔のお勝手口はいつでも出入り自由なはずだ。 ヨーゼフ・ボイスは「言葉も造形物である」と語ったそうだが、 おれの心は大きく2層に分かれていて、 これまでの人生、社会の同調圧力に屈しない為に、 対外的な役目を持つ第1層で言葉を扱ってきたので、 言葉で造形を行う訓練をしてこなかった。 それはおれの弱さなのだろうと思う。 だからおれは、アナログシンセのつまみをひねるみたいに練りゴムをこねたり、 絵を描いたり、ゲームのプレイ映像をDVDに焼くなどすることにした。 そうするしかなかった。
やります。
ナデガタでおなじみキワマリ荘仲間のアーティスト 中崎透大先生との一夜限りのユニット。 お互いの作家性を微塵も感じさせない、 お互いの「聖なる領域」を交差させた時、それは立ち上がった。 「それ以外」として。 おや?「世間」の様子が・・・「世間」は「空気」に進化した!! つまり世間話ならぬ空気話な心の宮殿、 良心の領界や両親の了解等。 絶対了解コタツにみかんチルドレン。 という感じで正直何なんだかよく分かりませんが、まあ、楽しければいいんじゃね。 ぼくは人に合わせるタイプです。 昨日思いついたんだけど、 伝説の4コママンガ「ぜん坊クン」限定公開しようと思います。 丁度今月このブログの検索ワードランキングでダントツトップなんで、 ちょっともう一度ぜん坊ブームを巻き起こしたいと 今ちょっと思いました。 ひと読み10円。 special thanks:Hajime Sugaya(First discoverer) INFO 【意外と重要な告知】 山猫後やるって言ってたぼくの展示は 11月14日からに延びました。 何か色々あって無理っぽいので、延びました。 来年1月位まで気長にやってます。 サムネがもうやばい GKDまたうちのみーちゃんが出演しました。 最新のVFX技術によってみーちゃんがオーリーをKIME。 とても笑いました。 VTRさんありがとう!
とある場所、とある瞬間に、大きな河に流されまいと懸命に抗っている小さな子供がいた。
しかし彼は、今さっきこれを読んだ君たちが「河に流されまいとする子供」を あなた方の内側に思い描いた瞬間よりもずっと前から、 そうして河に流されまいと我慢をしていた。もうずうっと昔からのことだ。 彼の名は、暫定的にではあるが、「マキシ・マウンズ」ということにしておこう。 ちょっと長いから「マキ」にしようか。 女の子みたいな印象だが、まあいいだろう。 ところでマキシ・マウンズというのは「大きな土手」の意で、アメリカのポルノ女優の名前だ。 彼女は実在する。 マキシ・マウンズ-Wikipedia 彼女は胸の組織を人為的に炎症させることであの巨大な乳房を手に入れた。 現在は、その方法で豊胸手術をすることは禁止されている。 彼女の巨大な乳房は、記録としてギネスブックに載っている。 さて、マキのことだ。彼は・・・やっぱり彼女にしようか。 彼女は、非常に質素な格好をしていた。 だが、今やその服もすっかり水に濡れてしまい、その服が質素であるとか、 もしかしたら或いは豪華なドレスであるかなどは、もはやどうでもいいことだった。 彼女は、彼女の気持ちは、ずっと昔のことはどうであれ、 今は、殆どの場合、恐れや不安、そういった感情に支配されていた。 「河に流される」ことに恐怖していたのだ。 マキは、このところずっと、河に流されることに抗い続けているが、 それは何に依って、なのか。 彼女は河の真ん中にいる。 辺りがどうなっているか、ちょっと確認してみよう。 河の流れに対して垂直にあたる幅は・・・・どのくらいだろうか。 マキは頭をぐるり回して見た。 辺りは白っぽくモヤがかかっていて、河の幅はよく分からなかった。 対して流れの方向、河が河としての面目を躍如する、例の流れの方向を見ても、 幅の方と殆ど同じように、手を離せばきっと流されて行くであろう、 河の先の様子は全く見えなかった。 流れの逆の方も、また同じだった。 つまり、周りには何も見えず、 河の流れの方向、だけが、今のマキシにとっての唯一の基準なのだった。 ところで、マキは何から手を離すのか。 いや、今のところマキシがそれから手を離そうとする意思はないのだが、 もし手を離すとしたら、何から手を離すのか? それは「木の枝」だった。 いや正確には、「木の枝」であると、マキシが考えているものだ。 というのは、その「木の枝らしきもの」・・・とりあえず「木の枝」と呼ぶことにするが、 それは川面の下、つまり水中にあるのであって、透明度が非常に低いこの河では、 それが本当に木の枝であるのか確認するためには、水中に潜り込み、 それに出来る限り近づいて、汚れた水の中で目を開けて見てみなければ、 それが本当に木の枝であるかどうかなど分かるはずがないのだ。 しかし、こんな濁流の中に顔を突っ込んで、それが本当に木の枝かどうか、 わざわざ確認をする気などこのマキシ・マウンズには1ミリもなかった。 河に流されないようにつかまってさえいられれば、それが木の枝だろうが、 それに良く似た何か別のものだろうが、そんなことはどうだってよかった。 さあ、ところで、マキはずっと考えている。 何を?彼女にとって今の一番の関心といえばこれを置いて他にない。 「流されたら一体どうなるのか」 これ以上彼女にとって重要なことなどあるはずがないのだ。 マキシは河の見えない先のことを考えた。 考えようとしたが、全然全く、何も思いつかなかった。 彼女の考えていることなら、全て知っているはずの、この私でさえも。 一体何故か。 では、河の流れの先を考える前に、彼女の過去のことを考えることにしようか。 そうだ、彼女の過去を探れば、河の向こうを考える為の 何らかの足掛りがあるかも知れない。 私と、これを読んでいるあなた方、そしてマキシ自身も、 彼女のことをあまりにも知らない。 何故かマキシはもうずっと昔から、 そう例えば、彼女は20年近く前からここにこうしている。 しかし20年前、彼女が河の中に落ちて、そう、彼女は20年前に河に落ちたのだ。 しかしこれを読んでいる貴方がたは 「20年間も河の濁流の中に居るなんて、ありえない」と言いなさるだろうか。 確かに、あり得ない。 この20年という時間は、ただ私が大雑把に決めただけのもので、大した意味はない。 河に落ちたのは別に昨日でもいいし、数時間前でもいいだろう。 むしろそこら辺りが現実にありそうな時間の設定だろう。 けれども、このお話は必ずしも現実の出来事ではないし、 もしかしたら、このいい加減に決めた20年に、 後で何か特別な理由があることが解るかも知れない。 ところでマキシには、河に流されたら自分は一体どうなるのか、 とは別に、実は気になっていることが1つだけ、あった。 彼女自身の靴のことだ。 ブロンズ色で、ガッチリとしたシルエットがキュートな、ヒールの付いた靴だった。 私は女の子の靴のことはよく分からないから、この程度の描写で勘弁して欲しい。 そうそう、表面は蛇の皮のような手触りになっていたはずだ。 マキシはその靴をとても気に入っていた。 河の流れのせいだ、片方が流されて行ってしまった。 彼女は悲しかったが、「自らが河に流されてしまうことへの不安」に比べれば 今は靴のことさえ大した問題ではなかった。 仮にこの状況から脱することが出来たなら、不安の全くない状態になれたなら、 きっとまた改めて靴を無くした悲しみがこみ上げてくるだろう。 マキシはそう思った。 さて、マキシが何故河に落っこちたか、である。 それは彼女自身が持っていた「ある荷物」に気をとられて 川縁から足を滑らせたからだった。 ある荷物、とは何か。 「箱」だった。 大きさは丁度、彼女の肩幅程度だろうか。 それとも、彼女がかつて住んでいた家の庭に立つ、ルーマンの木の幹の太さと同程度だった、 と言った方が分かりやすいか。 ルーマンの木は、彼女がその家で生まれる前からずっとそこにある、 大きな樫の木のことだ。 もしこれを読んでいるあなた方がルーメンの木を知らないというなら、 もっと単純に、分かりやすく、彼女の家の前から伸びる、 森へと続く小道と同じ位の幅、と言ったほうがいいかもしれない。 しかし、これを読んでいるあなた方の唯の一人も、 ルーメンの木の幹の太さも、森へと続く小道の幅も、知るはずが無いのだ。 もし知っているという人がいたなら、その人はとんでもない嘘つきだ! さて、箱の大きさについてはもういいだろう。 問題は、マキが、この箱を何のために運んでいたのか、 そして、箱の中身は一体なんなのだろうか、ということだろう。 私もそっちの方が、箱の大きさについてキリの無い話をするより ずっと興味がある。 しかし、大体、こういった話の流れでは、箱の中身はずっと謎のままで、 話の最後まで中に何が入っているのか明かされないものだ。 謎とは、ずっと謎のままでいるからこそ価値があるのだから。 いずれにせよ、箱の中身が何なのかについて、私にとってもあなた方にとっても、 ヒントとなるものが少なすぎるから考えるだけ無駄だ。 他のことに目を向けよう。 マキシはその箱を手に入れる前に何をしていたか。 「箱を何処かへ運ぶ」という目的を与えられる前には 彼女は何もしていなかったと考えられるだろうか。 誰かに箱を与えられ、何処かへ運ぶように言い渡されるまで、 例えば二つの巨大な丘の上で、じっと虚空を見つめて、 何も考えていな状態だったのだろうか。 そんなはずはない、彼女がもし生きている人間なら、 何か目的を与えられる前から、それ以外の他の目的の為に行動しているものだ。 そうやってきりの無いことを考え続けると、最終的に、というか 終わりが無い文を永遠に書かねばならなくなる。 何故なら、マキシが存在している理由を延々と書こうものなら、 彼女が生まれる前、彼女の親の、そのまた親、 さらにその親の話等を延々書き続けなければならなくなるからだ。 もちろん、彼女が何者であるかということは、そうやって先祖代々 を遡って行けば行くほど、よく理解できるのは間違いないだろう。 けれども、それ以外に根本的な問題がある。 そんな過酷な労働を私はするつもりはない、ということだ。 何故なら、マキシという人物は実際に存在しないし、 彼女の親のそのまた親の名前が何だったかなどが記載してある書物がある訳でもない。 彼女が彼女足る所以に関する事象は全て私のでっち上げなのだから。 さあ、そうこうしている内に、マキシは箱を受け取ってしまったようだ。 一体あれは誰だ?小さな人間だった。 手足のシルエットから察するに、あれはツリーマンというものだ。 ツリーマンは実在する。 きもいので閲覧注意 この動画のツリーマンの持っている身体の形質は病気として扱われているが、 今このお話に登場しつつあるツリーマンは、そうではなかった。 ツリーマンはツリーマンとして、自らに興ったある種の奇跡を それはそれとして受け入れていた。 本人も、周りの人たちもこの動画に出てくるような人々に比べ、 別格に寛容な世界観を持っていたのだ。 どこか自分の預かり知らぬところからやってきた謎の「合言葉」と「契約」を交わす。 いつのまにか人々は、合言葉の合意の下でないと、 ただ目で見ることすら許されぬ世界の住人になってしまった。 だが、それが全てではない。 生まれたときから光を全く感じたことのない人に、光をどんなものだと説明できるだろうか。 「その外」はいつの時代も同じ大きさである。 それが何だかはわからないが、思うに、「それが何なのか」という問いそのものが、 受け入れがたい「合言葉」の側に、知らず知らず寄り添ってしまった考えなのだ。 「だからいつでも無視していい」と彼らは心の奥底で判断していた。 それに、彼の職業を考えれば、なおのことだ。 何せ、手が頑丈な突起物で覆われているのだから、 土を掘るのに非常に効率がよかった。 彼は考古学者だった。 その時マキシは、森の中にある、2つの、スリコギ状の巨大な窪みの真ん中、 窪み同士に挟まれた、細長くなった平地の上で、 青い別珍の上に岩塩をばら撒いたような、美しい星空を眺めていた。 彼女の目も、青い別珍のように、深く青く、見る角度によっては、鮮やかな 昼間の空の色を一瞬だけ垣間見せるように、複雑に光を反射した。 そいういう目だった。 彼女の目が元々そういう美しい輝きを放っていたのか、 星空が彼女の目に映ってそう見えたのかはよく分からないが、この場合どちらでもいい。 さて、この時期のこの森は夜になると肌寒く、 ましてや、マキシの着ていた質素な洋服は川の水ですっかり濡れていたから、 しばらくすると、彼女は寒さで身体がこわばってくるのを感じた。 このまま夜の森の中に濡れた服を着て居続けたら、 ひょっとすると凍え死んでしまう。 そういえば私のおじいさんは、真冬の森に出かけて行って、そのまま帰らなかった。 そう考えたマキシはどこか別の場所へ行くべきだと考えた。 そうだ、この場合、自分の家なるものに帰るのが、最も妥当性のある判断というものだ。 そうして歩き出したマキシはすぐに、自分の左足に、ゴツゴツして硬く、 自分の冷え切った足の裏よりも冷たい、地べたの質感と温度とを感じた。 その理由は、この生まれたばかりの人間、マキシ・マウンズにも 光の速さで理解することができた。 左足だけ靴がなかったのだ。 その時だった。 マキシの側からみて左側、我々の側から見て右側の巨大な窪みの中から、 小さな人影が現われた。 「小さな」といってもマキシのそれと同程度だったので、 彼女にとって小さな人ではなかったが、我々にとっては 「小さな人影」と呼ぶには十分すぎるほどの大きさだった。 彼女は特に驚かなかったが、(だってさっき箱を渡されたんですもの) 窪みと窪みに挟まれた平らな土地は 非常に細長かったので、彼を避けて通り過ぎる余裕はなかった。 マキシと人影は細長い橋のような地表の上で向かい合った。 「どちらさま?」 彼女は、休日、ずっと家に篭りっきりで、夕方から外に出かけ、 夜になって初めて友人と会話をし始める時のような、 何とも違和感のある、調子っぱずれな、少しかすれた声で、彼に尋ねた。 無理もないことだった。 彼女が口を開いて声を出し、言葉を発するのは、 この時が生まれて初めてだったのだから。 「名前なんてどうでもいいことだ」と人影は言った。 人影というのはよそう、辺りはそれほど暗くはないし、 隠れる場所もないのだから、彼の姿はどこからでもよく見えた。 細部について描写する必要はないだろう、 上のyoutube動画を見れば話は早い。 違った点といえば、動画のツリーマンは言うなれば人からそれへの過渡期であり、 顔や身体は不細工なまだら状に変質しているが、 このツリーマンはもう完全なそれであるから、 顔や身体も、手足の形質と同じになっていた。 しかも動画の者と違い、細部に至るまで殆ど左右対称の姿をしていたから 不細工どころか、むしろある種の美しさを感じさせた。 しかもその声は、生まれて初めて声を発したマキとは対照的な 彼女が想像できる限りの、深く大きな空間を彼の内部に感じざるを得ないような音質だった。 「おれは考古学者だ」 「この辺りで考古学者というのはぼくだけだから、他の者と区別する必要はないよ。」 「考古学者さん」 マキシは殆ど何も考えずに言った。 「何の用なの考古学者さん」 「別に用というものはないけど」 考古学者は言った。 「おれがなぜ考古学者なのか、それを説明に来ただけだよ」 「あらそう」 「では、どうぞ」 おれは元々考古学者じゃなかった。 あれは不慮の事故だった。おれが木に姿を変えてしまったことだがね。 それ以来、おれは考古学者になることに決めたのさ。 いや決めたというのは適切な表現じゃないな。 誰だって、人間だったはずの自分が木に姿を変えてしまうというような 常軌を逸した状況に陥ったとしても、絶望して死にたいとは思いたくないのさ。 だからもう諦めて、木になってしまったんだから、 木になってしまったなりにできること、というか、 半木半人にしかできないことをするしかないのさ。 それがおれが考古学者になった理由だ。 おれには他の選択肢などなかったのだ。 まあいい。 ところで、時間のことだが、なぜ時間は元に戻らないか知っているかね。 何故なら、いや本当は、あんたたちみたいな、目が付いている方を前と呼んで、 その反対の見えない方を後ろって呼んでるあんたたちだけなんだ、 時間が戻らないって思ってるのは。 意味が解るかね。 まあいい。 とにかく、おれは前と後ろを失ってしまったのさ。 何故って、簡単なことさ、木に目がついているか? どうだ、目が無いだろ、だから前も後ろもない。 つまり全てが前で、また全てが後ろなのさ。 だから、木のおれにとっては、時間は進んだり戻ったりするものじゃないんだ。 解るか? まあいい。解ったか解らないかはどちらでもいい。 この箱をやるから、もう行くんだ。 おれがこの巨大なすり鉢状の二つの窪みから、地面の奥深くから掘り出したものだ。 受け取れ。 そして思い出すんだ。 お前がどこからここまでやってきたのかを。 マキシは箱を受け取った。 大きなリボンがついた、上等なプレゼント用の箱で、 リボンは彼女が見る角度を変えると、それによってその色をきらきらと変えた。 マキシが観たところ、一体どんな材料を使えばこんな色んな色彩が表れるのか全く分からない、 そんな質感を持っていた。 箱を包む紙に指で触れると、ほんの少し、動物の体毛に触れているような 不可思議な温度と触り心地があった。 表面には美しいドレスを着た女性のシルエットが印刷してあり、それを観たマキシは、 突然自分の母親のことを思い出すのだった。
最近ヤフオクで不思議の国のアリスの対訳が付いてる英語の本を買ったんだけど、
みーちゃんが普段全く本読まないのに何故か気に入って読んでる。 こないだ音読してるのを聞いてたら、「ダスティ・チャン」って人名みたいのが 何度か出てきて、アリスにそんな人出てきたっけと思ってよく聞いてみると 冒頭に、アリスが「ひな菊の花輪を作ることはその労力に見合うような面白いことだろうか」 と考えるってところがあって、あーなるほど「ひな菊の花輪(daisy chain)」のことね。 「ダスティ・チャン」、香港の俳優かなんかかと思った。 そしたら今日「Nettie Chan」っていう人からメールが来た。 スパムだった。
近頃の3D映画って何か特別な設備がないと見れないとおもいこんでたけど、
最近のニュース観てるとメガネかけりゃどこでもみれるっぽいな。 つくばまで行かなくてもいいのか! だって料金高いし、特殊な環境じゃないとみれないのかと思うだろ。 メガネ掛けるとか面倒なことさせといて料金高いって 何か腑に落ちないな。 メガネの維持費が1人200円って高すぎだろ。 他に何かあるのか。 最近のインターネットによる映画コピー氾濫を危惧した 映画業界の策略らしいからな今更3Dを復興させてるのは。 更に値段まで上げてすごい価値があるっぽいこと言うのも非常にうさんくさい。 それでも「アバター」は観に行っちゃうけどな。
山猫クロージングイベントは11月1日ですが、
展示は10月31日からぼくのここ最近作ったものに変えようと思います。 初の映像作品とか最近のドローイングとか。 というわけで「最近つくったもの」というのをやります。 これからもちょくちょくやる。 今年はそれで終わりかな。 10月31日から遊戯室も水戸芸も始まるんで 一応新しく何かやらないとね。 夜からはゴールデンタイムもある。
うちのみーちゃんは最近夢中になれることを探しているそうで、
スケートボードを始めることにしたらしいがまだ始めていない。 本当に始める気なのか。 あとブーツを買ったのでうれしいらしい。 ![]()
最初は普通に絵を描いてた。
気持ちが良いと思える線や形、動物の形とかどんぐり、稲妻、記号とか、 映画って観るのに2時間かかるでしょ。 最近、インターネットのせいかね、2時間座ってるのが歯がゆいみたいな気持ちがあって。 頭にケーブル突っ込んで、3分くらいでデータで流し込んでくれないかなーとか思う。 いや、でも実際面白い映画観たら2時間なんてあっという間なんだけど。 その点絵はいいでしょ、時系列とか、関係なくお話を一瞬で作れる。観た人が。 えーとそんでね、例えばりんごが皿の上に乗った絵と、 皿だけの絵が二枚あって並んでたらさ、りんごを誰かが取ったって 短いストーリーが出来るでしょ。逆から見ればりんごを誰かが置いたってことでもいいし。 でもりんごを置いたか取ったか以外の話にはなかなかなんない。その2枚の絵だけだと。 右から左へ、左から右へ。 そこに上から下へ、とか前から後ろへ、みたいのも入れたらいいんじゃないかと思って。 そんでまあとりあえずどうしていいか分かんないんで、 描いた絵の上からまた、全然関係ない訳でもなく、全くの続きでもない絵を 描き足していくっていうのをやってみた。 これがね、結構面白いんだ、下の絵の影響を受けながら、 (下って言ってもいつも下な訳じゃないんだけどね上になったりもする) 無視したり意識してつなげたりしながら描いて、後から引いて見てみると、 全く意図してない部分が偶然繋がってるように見えたりとかするんだよね。 おれがあずかり知らないところで勝手に形とか、関係が出来てくるんだ。 紙をくるくる回しながら描くんだけど。 でもずっとやってるとね、限界がくるのよ。 ネタが切れる、当然。 あと変に大事にしたくなってくるの。 愛着が沸いて来てさ、手を入れるのが怖くなってきて これで完成でいいかなとか思う。 それでもまあいいかも知れんけど、何かもっと拡がりたいなと。 そこで、誰かの、自分以外の別世界の力を借りようと思った訳です。 いや、おれだけでも、がんばれば全世界の普遍的な理みたいのに繋がれるかも知れないけど それにはやっぱ自分ってものが邪魔をしますから、そのチャンネルを拡げる為に 別世界の住人の力を借りるっていう。 別に1人でがんばらなきゃいけないっていう決まりも無いしね。 動物っていうのもいいかも知れないけどね、ネコとか、人間の赤ちゃんとか? 赤ちゃんはでもお母さんがいないとダメかな。 自分の子供ならいいのかな。まあそれは置いといて。 とりあえずは植物かなと。 けどそれはね、別に動植物じゃなくったっていい。 テレビゲームだっていい訳です。 自分の無用な面みたいのを弱めてくれれば良いんだから。 自然ってさーもっと訳分からんもんなはずなんだよね。 (「はず」っていうのが知識なのか心の叫びなのか、ちょっと分かんないんだけど) で自然って言葉を発したときに自動生成される「不自然」って言葉は もっとわけ分からんもんなんだよな。 それがさー何かいろんなもののせいで、分かったような気分になってる。 っていうかあんま訳分かんないとか言ってても生活できないし、 とりあえず暫定的に色々中途半端にしてるんだと思うんだけど、 暫定的なまま固まっちゃってる気がすんのよね。 そこをさー何か科学「的」であると思い込んじゃってることとか 迷信だと決め込んでしまってることとか 結論は出てると思いこんでることとか 出来る限り外していって、何か色々そのまま受け入れるっていう、 のがおれの能力だっていうんじゃなくて、 そういう能力を獲得したいと願ってるっていう感じ。 そういう活動。 そういうのを感受する能力を失った世界からの使者として もう一回裏から回り込んで入る、みたいな。 何で裏から回り込むのかっていうと キレイに掃除されたエントランスから入っても 本当の姿を見せてもらえないような気がして、 汚れた勝手口からなら、もしかして、っていう。 そういう感じ。 はい。 そんで丁度この文を書いたことと前後してタンブラのコピペの引用元を読んだら、 内容としてリンクしてたって訳でも全くないんだけども何となくリンクを貼る。 鉛をかじる虫 寺田寅彦
ある社会の外に出て自由になってみたところでそこにはまた別の社会があるだけだし、
意固地になったり閉鎖的な思考に囚われたりしてるとあらゆるキッカケやチャンスを逃す、 それがどんな社会であってもその点に関しては同じ。 何の準備もなく何かを観たり聴いたりしたところで その瞬間対象の深みが全て開示されるってことはない。 つまり人は、各人が自らの意思で得られる程度にしか、 世界の深みや広がりを知りえることはない。 もしそういう(一瞬にして世界が広がったように感じた)経験があるとしたら、 それはその人の中にそれなりの準備が出来てて、 それを願っていたってことだ。 魂そのものは最初から世界の広さを正しく全て受け取っているけど、 意思が、恐怖や不安や刷り込みなんかのせいで、 しなくてもいい判断をしてしまうと、各人の世界の広さにばらつきが出てくる。 怖がり屋さんの世界は狭い。 何かに触れた時、それを安易に内側の領域で判断しないこと。 ただ受け入れる、それが勇気というものです。 外の世界の広さを知ることでしか、 自分の魂の大きさを知ることはできないのよ。 よく「ブレがない」とか褒め言葉として使われるけど、 ある部分では全く褒め言葉にならない。 自分の内的な成長を拒む為に、「これでいいんだ」と 「私は世界で1つだけの花ですから」なんつって自分を正当化する為に 世界の広がりを拒絶するようなことを意味する場合だってあるからね。 そんなことなら一度ブレブレになってみた方がいい。 それにビビリ続けてムダに年とっちゃったりするとタチが悪い。 自己を脱却すること、し続けようとすること。 自分なんて出したくなくたって出ちゃうもんなんだから 一回そんなの忘れて色々触れてみるといいよ。 ぼくもがんばります。 「真実を見つけた」と言う人を信じるな 「真実を探している」人を信じろ。 って誰かの名言ね。誰だか忘れたけど。 「真実」は「探している」時にだけ顔を見せるものよ
お世話になってるVIDEO KILLERさんが毎週木曜日に地元でやってる
スケートボードの寄り合い?GKD。 うちのみーちゃんが出演しました。 そういえばこのブログで紹介するの初めてだなあ。 GKDはすごくいいっす。たまに泣けます。 GKD 今度横浜の映像祭にGKD出るみたいです。 GKD横浜出張。 遊戯室の遠藤水城さんが横浜の映像祭の企画やっててその繋がり。 ほんと何がどう繋がるか分かんないもんだねー楽しい楽しい。 CREAM なもんで11月は横浜行ったり 有馬さんの個展があるから東京にも行かないといかないし、 12月はキャメロンの新作「アバター」を3Dで観につくばへ行こう。 いやつくばでやるかどうか知らないけど。やるなら行く。 80年代からのSF映画ファンとしてはこれは観ておかないとな。 正直絵的にも設定的にも斬新かっていうとそうでもないんだけど、 それが3Dになるとどんだけすごいのか又はすごくないのか。 一応確かめておかなければならない。 それから水戸芸の仕事を頼まれたのでそれも忙しくなるかも知れない。 その前にあれだ、秘密の宮廷ゴールデンタイムもあったね。 中崎くんと合同で何かをやるんだけどどうなることか全く見当もつかない。 しかも山城くんは一体何をやるつもりなのか。
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